洋服なりしを思はゞ、此地の秋既に老いて木枯《こがら》しの冬の間近に迫つて居ることが知れるであらう。
目的は空知川の沿岸を調査しつゝある道庁の官吏に会つて土地の撰定を相談することである。然るに余は全く地理に暗いのである。且《か》つ道庁の官吏は果して沿岸|何《いづ》れの辺に屯《たむろ》して居るか、札幌の知人|何人《なんびと》も知らないのである、心細くも余は空知太《そらちぶと》を指して汽車に搭《たふ》じた。
石狩《いしかり》の野は雲低く迷ひて車窓より眺むれば野にも山にも恐ろしき自然の力あふれ、此処に愛なく情《じやう》なく、見るとして荒涼、寂寞、冷厳にして且つ壮大なる光景は恰《あたか》も人間の無力と儚《はかな》さとを冷笑《あざわら》ふが如くに見えた。
蒼白なる顔を外套の襟に埋めて車窓の一隅に黙然と坐して居る一青年を同室の人々は何と見たらう。人々の話柄《はなしがら》は作物である、山林である、土地である、此無限の富源より如何にして黄金を握《つか》み出すべきかである、彼等の或者は罎詰《びんづめ》の酒を傾けて高論し、或者は煙草をくゆらして談笑して居る。そして彼等多くは車中で初めて遇つたのである。
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