んびと》も一語を発しないで、皆な屈托な顔をして物思《ものおもひ》に沈んで居る。御者は今一度強く鞭を加へて喇叭《らつぱ》を吹き立《たて》たので躯《からだ》は小なれども強力《がうりよく》なる北海の健児は大駈《おほかけ》に駈けだした。
 林がやゝ開けて殖民の小屋が一軒二軒と現れて来たかと思ふと、突然平野に出た。幅広き道路の両側に商家らしきが飛び/\に並んで居る様は新開地の市街たるを欺《あざむ》かない。馬車は喇叭の音勇ましく此間を駈けた。

       二

 三浦屋に着くや早速主人を呼んで、空知川の沿岸にゆくべき方法を問ひ、詳しく目的を話して見た。処が主人は寧《むし》ろ引返へして歌志内《うたしない》に廻はり、歌志内より山越えした方が便利だらうといふ。
「次の汽車なら日の暮までには歌志内に着きますから今夜は歌志内で一泊なされて、明日能くお聞合せになつて其上でお出かけになつたが可《よ》うがす。歌志内なら此処とは違つて道庁の方《かた》も居ますから、其井田さんとかいふ方の今居る処も多分解るでせう。」
 斯《か》ういはれて見ると成程さうである。されども余は空知川の岸に沿ふて進まば、余が会はんとする道庁の官吏井田某の居所を知るに最も便ならんと信じて、空知太まで来たのである。然《しか》るに空知太より空知川の岸をつたふことは案内者なくては出来ぬとのこと、而も其道らしき道の開け居るには在らずとの事を、三浦屋の主人より初めて聞いたのである。其処で余は主人の注意に従ひ、歌志内に廻はることに定《き》めて、次の汽車まで二時間以上を、三浦屋の二階で独りポツ然《ねん》と待つこととなつた。
 見渡せば前は平野《ひらの》である。伐《き》り残された大木が彼処此処《かしここゝ》に衝立《つゝた》つて居る。風当《かぜあた》りの強きゆゑか、何れも丸裸体《まるはだか》になつて、黄色に染つた葉の僅少《わづか》ばかりが枝にしがみ着いて居るばかり、それすら見て居る内にバラ/\と散つて居る。風の加はると共に雨が降つて来た。遠方《をちかた》は雨雲に閉されて能くも見え分かず、最近《まぢか》に立つて居る柏《かしは》の高さ三丈ばかりなるが、其太い葉を雨に打たれ風に揺られて、けうとき音《ね》を立てゝ居る。道を通る者は一人もない。
 かゝる時、かゝる場所に、一人の知人なく、一人の話相手なく、旅人宿《はたごや》の窓に倚つて降りしきる秋の
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