ろ》は林を倒して、二三段歩の平地が開かれて居る。余は首尾よく此小屋で道庁の属官、井田某及び他の一人に会ふことが出来た。
殖民課長の丁寧なる紹介は、彼等をして十分に親切に余が相談相手とならしめたのである。更に驚くべきは、彼等が余の名を聞いて、早く既に余を知つて居たことで、余の蕪雑なる文章も、何時しか北海道の思ひもかけぬ地に其読者を得て居たことであつた。
二人は余の目的を聞き終りて後、空知川沿岸の地図を披《ひら》き其経験多き鑑識を以て、彼処比処《かしここゝ》と、移民者の為めに区劃せる一区一万五千坪の地の中から六ヶ所ほど撰定して呉れた。
事務は終り雑談に移つた。
小屋は三間に四間を出でず、屋根も周囲《まはり》の壁も大木の皮を幅広く剥《は》ぎて組合したもので、板を用ゐしは床のみ、床には莚《むしろ》を敷き、出入の口はこれ又樹皮を組みて戸となしたるが一枚|被《おほ》はれてあるばかりこれ開墾者の巣なり家なり、いな城廓なり。一隅に長方形の大きな炉が切つて、これを火鉢に竈《かまど》に、煙草盆に、冬ならば煖炉に使用するのである。
「冬になつたら堪らんでしやうねこんな小屋に居ては。」
「だつて開墾者は皆《みん》なこんな小屋に住んで居るのですよ。どうです辛棒が出来ますか。」と井田は笑ひながら言つた。
「覚悟は為《し》て居ますが、イザとなつたら随分困るでしやう。」
「然し思つた程でもないものです。若し冬になつて如何《どう》しても辛棒が出来さうもなかつたら、貴所方《あなたがた》のことだから札幌へ逃げて来れば可いですよ。どうせ冬籠《ふゆごもり》は何処でしても同じことだから。」
「ハッハッハッヽヽヽ其《それ》なら初めから小作人|任《まかせ》にして御自分は札幌に居る方が可《よ》からう。」と他の属官が言つた。
「さうですとも、さうですとも冬になつて札幌に逃げて行くほどなら寧《いつ》そ初めから東京に居て開墾した方が可いんです。何に僕は辛棒しますよ。」と余は覚悟を見せた。井田は
「さうですな、先づ雪でも降つて来たら、此《この》炉にドン/\焼火《たきび》をするんですな、薪木《たきゞ》ならお手のものだから。それで貴所方だからウンと書籍《しよもつ》を仕込《しこん》で置いて勉強なさるんですな。」
「雪が解ける時分には大学者になつて現はれるといふ趣向ですか。」と余は思わず笑つた。
談《はな》して居ると、突
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