に来てくれたので、直《たゞち》に目的を語り彼より出来るだけの方便を求めた、主人は余の語る処をにこつい[#「にこつい」に傍点]て聞いて居たが
「一寸《ちよつと》お待ち下さい、少し心当りがありますから。」と言ひ捨てゝ室を去つた。暫時《しばら》くして立還《たちかへ》り
「だから縁といふは奇態なものです。貴所《あなた》最早《もう》御安心なさい、すつかり分明《わかり》ました。」と我身のことの如く喜んで座に着いた。
「わかりましたか。」
「わかりましたとも、大わかり。四日前から私の家にお泊りのお客様があります。この方は御料地の係の方《かた》で先達《せんだつて》から山林を見分《みわけ》してお廻はりになつたのですが、ソラ野宿の方が多がしよう、だから到当身体を傷《こは》して今手前共で保養して居らつしやるのです。篠原さんといふ方ですがね。何でも宅へ見える前の日は空知川の方に居らつしやつたといふこと聞きましたから、若しやと思つて唯今伺つて見ました処が、解りました。ウン道庁の出張員なら山を越すと直ぐ下の小屋に居たと仰しやるのです、御安心なさい此処から一里位なもので訳は有りません、朝行けばお昼前には帰つて来られますサ。」
「どうも色々|難有《ありがた》う、それで安心しました。然し今も其小屋に居て呉れゝば可いが。始終居所が変るので其れで道庁でも知れなかつたのだから。」
「大丈夫居ますよ、若《も》し変つて居たら先《せん》に居た小屋の者に聞けば可《よ》うがす、遠くに移るわけは有りません。」
「兎も角も明日《あす》朝早く出掛けますから案内を一人頼んで呉れませんか。」
「さうですな、山道で岐路《えだ》が多いから矢張り案内が入《い》るでしやう、宅の倅《せがれ》を連れて行《いら》つしやい。十四の小僧ですが、空知太《そらちぶと》までなら存じて居ます。案内位出来ませうよ。」と飽くまで親切に言つて呉れるので、余は実に謝する処を知らなかつた。成程縁は奇態なものである、余にして若し他の宿屋に泊つたなら決してこれ程の便宜と親切とは得ることが出来なかつたらう。
 主人は何処までも快活な男で、放胆で、而も眼中人なきの様子がある。彼の親切、見ず知らずの余にまで惜気もなく投げ出す親切は、彼の人物の自然であるらしい。世界を家《うち》となし到る処に其故郷を見出す程の人は、到る処の山川、接する処の人が則《すなは》ち朋友である。であ
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