ないものは決して他《ほか》にあるまい、僕はこれを憎むべきものと言ったが実は寧ろ憐《あわ》れむべきものである、ところが男子はそうでない、往々にして生命そのものに倦むことがある、かかる場合に恋に出遇《であ》う時は初めて一方の活路を得る。そこで全き心を捧《ささ》げて恋の火中に投ずるに至るのである。かかる場合に在《あっ》ては恋則ち男子の生命である」
と言って岡本を顧み、
「ね、そうでしょう。どうです僕の説は穿《うが》っているでしょう」
「一向に要領を得ない!」と松木が叫けんだ。
「ハッハッハッハッ要領を得ない? 実は僕も余り要領を得ていないのだ、ただ今のように言ってみたいので。どうです岡本君、だから僕は思うんだ君が馬鈴薯党でもなくビフテキ党でもなく唯《た》だ一の不思議なる願を持っているということは、死んだ少女《むすめ》に遇《あ》いたいというんでしょう」
「否《ノー》!」と一声叫けんで岡本は椅子を起《た》った。彼は最早《もう》余程《よほど》酔っていた。
「否《ノー》と先ず一語を下して置きます。諸君にしてもし僕の不思議なる願というのを聴いてくれるなら談《はな》しましょう」
「諸君は知らないが僕は
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