思わず口に出しますと
『小妹《わたくし》は何故《なぜ》こんな世の中に生きているのか解らないのよ』と少女《むすめ》がさもさも頼《たより》なさそうに言いました、僕にはこれが大哲学者の厭世論《えんせいろん》にも優《まさ》って真実らしく聞えたが、その先は詳わしく言わないでも了解《わか》りましょう。
「二人は忽《たちま》ち恋の奴隷《やっこ》となって了ったのです。僕はその時初めて恋の楽しさと哀《かな》しさとを知りました、二月ばかりというものは全《まる》で夢のように過ぎましたが、その中の出来事の一二《ひとつふたつ》お安価《やすく》ない幕を談《はな》すと先ずこんなこともありましたっケ、
「或《ある》日午後五時頃から友人夫婦の洋行する送別会に出席しましたが僕の恋人も母に伴われて出席しました。会は非常な盛会で、中には伯爵家《はくしゃくけ》の令嬢なども見えていましたが夜の十時頃|漸《ようや》く散会になり僕はホテルから芝山内《しばさんない》の少女《むすめ》の宅まで、月が佳《よ》いから歩るいて送ることにして母と三人ぶらぶらと行《や》って来ると、途々《みちみち》母は口を極《きわ》めて洋行夫婦を褒《ほ》め頻《しきり
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