前は最も見物人が集《たか》っている。二枚の大画は言わずとも志村の作と自分の作。
一見自分は先ず荒胆《あらぎも》を抜かれてしまった。志村の画題はコロンブスの肖像ならんとは! しかもチョークで書いてある。元来学校では鉛筆画ばかりで、チョーク画は教えない。自分もチョークで画くなど思いもつかんことであるから、画の善悪《よしあし》はともかく、先ずこの一事で自分は驚いてしまった。その上ならず、馬の頭と髭髯《しぜん》面《めん》を被《おお》う堂々たるコロンブスの肖像とは、一見まるで比べ者にならんのである。かつ鉛筆の色はどんなに巧みに書いても到底チョークの色には及ばない。画題といい色彩といい、自分のは要するに少年が書いた画、志村のは本物である。技術の巧拙は問う処でない、掲げて以て衆人の展覧に供すべき製作としては、いかに我慢強い自分も自分の方が佳《い》いとは言えなかった。さなきだに志村崇拝の連中は、これを見て歓呼している。「馬も佳いがコロンブスは如何《どう》だ!」などいう声があっちでもこっちでもする。
自分は学校の門を走り出た。そして家《うち》には帰らず、直ぐ田甫《たんぼ》へ出た。止めようと思うても涙
前へ
次へ
全13ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング