れた薄《うす》い光《ひかり》が穩《おだや》かに落《お》ちて居《ゐ》る。これは面白《おもし》ろい、彼奴《きやつ》を寫《うつ》してやらうと、自分《じぶん》は其儘《そのまゝ》其處《そこ》に腰《こし》を下《おろ》して、志村《しむら》其人《そのひと》の寫生《しやせい》に取《と》りかゝつた。それでも感心《かんしん》なことには、畫板《ぐわばん》に向《むか》うと最早《もはや》志村《しむら》もいま/\しい奴《やつ》など思《おも》ふ心《こゝろ》は消《き》えて書《か》く方《はう》に全《まつた》く心《こゝろ》を奪《と》られてしまつた。
彼《かれ》は頭《かしら》を上《あ》げては水車《みづぐるま》を見《み》、又《また》畫板《ゑばん》に向《むか》ふ、そして折《を》り/\左《さ》も愉快《ゆくわい》らしい微笑《びせう》を頬《ほゝ》に浮《うか》べて居《ゐ》た彼《かれ》が微笑《びせう》する毎《ごと》に、自分《じぶん》も我知《われし》らず微笑《びせう》せざるを得《え》なかつた。
さうする中《うち》に、志村《しむら》は突然《とつぜん》起《た》ち上《あ》がつて、其拍子《そのひやうし》に自分《じぶん》の方《はう》を向《む》いた、そして何《なん》にも言《い》ひ難《がた》き柔和《にうわ》な顏《かほ》をして、につこり[#「につこり」に傍点]と笑《わら》つた。自分《じぶん》も思《おも》はず笑《わら》つた。
『君《きみ》は何《なに》を書《か》いて居《ゐ》るのだ、』と聞《き》くから、
『君《きみ》を寫生《しやせい》して居《ゐ》たのだ。』
『僕《ぼく》は最早《もはや》水車《みづぐるま》を書《か》いてしまつたよ。』
『さうか、僕《ぼく》は未《ま》だ出來《でき》ないのだ。』
『さうか、』と言《い》つて志村《しむら》は其儘《そのまゝ》再《ふたゝ》び腰《こし》を下《お》ろし、もとの姿勢《しせい》になつて、
『書《か》き給《たま》へ、僕《ぼく》は其間《そのま》にこれを直《なほ》すから。』
自分《じぶん》は畫《か》き初《はじ》めたが、畫《か》いて居《ゐ》るうち、彼《かれ》を忌《い》ま/\しいと思《おも》つた心《こゝろ》は全《まつた》く消《き》えてしまひ、却《かへつ》て彼《かれ》が可愛《かあい》くなつて來《き》た。其《その》うちに書《か》き終《をは》つたので、
『出來《でき》た、出來《でき》た!』と叫《さけ》ぶと、志村《しむら》は自
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