ま》は其以前《そのいぜん》鉛筆《えんぴつ》で書《か》いたことがあるので、チヨークの手始《てはじ》めに今《いま》一|度《ど》これを寫生《しやせい》してやらうと、堤《つゝみ》を辿《たど》つて上流《じやうりう》の方《はう》へと、足《あし》を向《む》けた。
水車《みづぐるま》は川向《かはむかふ》にあつて其《その》古《ふる》めかしい處《ところ》、木立《こだち》の繁《しげ》みに半《なか》ば被《おほ》はれて居《ゐ》る案排《あんばい》、蔦葛《つたかづら》が這《は》ひ纏《まと》ふて居《ゐ》る具合《ぐあひ》、少年心《こどもごころ》にも面白《おもしろ》い畫題《ぐわだい》と心得《こゝろえ》て居《ゐ》たのである。これを對岸《たいがん》から寫《うつ》すので、自分《じぶん》は堤《つゝみ》を下《お》りて川原《かはら》の草原《くさはら》に出《で》ると、今《いま》まで川柳《かはやぎ》の蔭《かげ》で見《み》えなかつたが、一人《ひとり》の少年《せうねん》が草《くさ》の中《うち》に坐《すわ》つて頻《しき》りに水車《みづぐるま》を寫生《しやせい》して居《ゐ》るのを見《み》つけた。自分《じぶん》と少年《せうねん》とは四五十|間《けん》隔《へだ》たつて居《ゐ》たが自分《じぶん》は一|見《けん》して志村《しむら》であることを知《し》つた。彼《かれ》は一|心《しん》になつて居《ゐ》るので自分《じぶん》の近《ちかづ》いたのに氣《き》もつかぬらしかつた。
おや/\、彼奴《きやつ》が來《き》て居《ゐ》る、どうして彼奴《きやつ》は自分《じぶん》の先《さき》へ先《さき》へと廻《ま》はるだらう、忌《い》ま/\しい奴《やつ》だと大《おほい》に癪《しやく》に觸《さは》つたが、さりとて引返《ひきか》へすのは猶《な》ほ慊《いや》だし、如何《どう》して呉《く》れやうと、其儘《そのまゝ》突立《つゝた》つて志村《しむら》の方《はう》を見《み》て居《ゐ》た。
彼《かれ》は熱心《ねつしん》に書《か》いて居《ゐ》る草《くさ》の上《うへ》に腰《こし》から上《うへ》が出《で》て、其《その》立《た》てた膝《ひざ》に畫板《ぐわばん》が寄掛《よりか》けてある、そして川柳《かはやぎ》の影《かげ》が後《うしろ》から彼《かれ》の全身《ぜんしん》を被《おほ》ひ、たゞ其《その》白《しろ》い顏《かほ》の邊《あたり》から肩先《かたさき》へかけて楊《やなぎ》を洩《も》
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