ょろきょろと見まわして、急いで煉塀《ねりべい》の角《かど》を曲がった。四辺《あたり》には人らしき者の影も見えない。
『四郎だ四郎だ、』豊吉はぼんやり立って目を細くして何を見るともなくその狭い樹《き》の影の多い路の遠くをながめた。路の遠くには陽炎《かげろう》がうらうらとたっている。
 一匹の犬が豊吉の立っているすぐそばの、寒竹《かんちく》の生垣の間から突然現われて豊吉を見て胡散《うさん》そうに耳を立てたが、たちまち垣の内で口笛が一声二声高く響くや犬はまた駆け込んでしまった。豊吉は夢のさめたようにちょっと目をみはって、さびしい微笑を目元に浮かべた。
 すると、一人の十二、三の少年《こども》が釣竿《つりざお》を持って、小陰から出て来て豊吉には気が付かぬらしく、こなたを見向きもしないで軍歌らしいものを小声で唱《うた》いながらむこうへ行く、その後《あと》を前の犬が地をかぎかぎお伴《とも》をしてゆく。
 豊吉はわれ知らずその後《あと》について、じっと少年《こども》の後ろ影を見ながらゆく、その距離は数十歩である、実は三十年の歳月であった。豊吉は昔のわれを目の前にありありと見た。
 少年《こども》と犬
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