、寂《しん》とした日の光がじりじりと照りつけて、今しもこの古い士族屋敷は眠ったように静かである。
 杉の生垣《いけがき》をめぐると突き当たりの煉塀《ねりべい》の上に百日紅《ひゃくじつこう》が碧《みどり》の空に映じていて、壁はほとんど蔦《つた》で埋もれている。その横に門がある。樫《かし》、梅、橙《だいだい》などの庭木の門の上に黒い影を落としていて、門の内には棕櫚《しゅろ》の二、三本、その扇めいた太い葉が風にあおられながらぴかぴかと輝《ひか》っている。
 豊吉はうなずいて門札を見ると、板の色も文字の墨も同じように古びて「片山四郎」と書いてある。これは豊吉の竹馬《ちくば》の友である。
『達者《たっしゃ》でいるらしい、』かれは思った、『たぶん子供もできていることだろう。』
 かれはそっと内をのぞいた。桑園《くわばたけ》の方から家鶏《にわとり》が六、七羽、一羽の雄に導かれてのそのそと門の方へやって来るところであった。
 たちまち車井《くるまい》の音が高く響いたと思うと、『お安、金盥《かなだらい》を持って来てくれろ』という声はこの家の主人《あるじ》らしい。豊吉は物に襲われたように四辺《あたり》をき
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