人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集めた、あるいは役場の物置より、あるいは小学校の倉の隅《すみ》より、半ば壊《こわ》れて用に立ちそうにないものをそれぞれ繕ってともかく、間に合わした。
明日は開校式を行なうはずで、豊吉自らも色んな準備をして、演説の草稿まで作った。岩――の士族屋敷もこの日はそのために多少の談話と笑声《しょうせい》とを増し、日常《ひごろ》さびしい杉の杜《もり》付近までが何となく平時《ふだん》と異《ちが》っていた。
お花は叔父のために『君が代』を唱うことに定まり、源造は叔父さんが先生になるというので学校に行ってもこの二、三|日《ち》は鼻が高い。勇は何で皆が騒ぐのか少しも知らない。
そこでその夜《よ》、豊吉は片山の道場へ明日の準備のしのこり[#「しのこり」に傍点]をかたづけにいって、帰路、突然方向を変えて大川の辺《ほとり》へ出たのであった。「髯」の墓に豊吉は腰をかけて月を仰いだ。「髯」は今の豊吉を知らない、豊吉は昔の「髯」の予言を知らない。
豊吉は大川の流れを見|下《お》ろしてわが故郷《ふるさと》の景色をしばし見とれていた、しばらくして
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