。
「杉の杜《もり》の髯《ひげ》」の予言のあたったのはここまでである。さてこの以後が「髯」の予言しのこした豊吉の運命である。
月のよくさえた夜の十時ごろであった。大川が急に折れて城山《じょうざん》の麓《ふもと》をめぐる、その崖《がけ》の上を豊吉|独《ひと》り、おのが影を追いながら小さな藪路《やぶみち》をのぼりて行く。
藪の小路《こみち》を出ると墓地がある。古墳累々と崖の小高いところに並んで、月の光を受けて白く見える。豊吉は墓の間を縫いながら行くと、一段高いところにまた数十の墓が並んでいる、その中のごく小さな墓――小松の根にある――の前に豊吉は立ち止まった。
この墓が七年前に死んだ「並木善兵衛之墓」である、「杉の杜の髯」の安眠所である。
この日、兄の貫一その他の人々は私塾設立の着手に取りかかり、片山という家《うち》の道場を借りて教場にあてる事にした。この道場というは四|間《けん》と五間の板間《いたのま》で、その以前豊吉も小学校から帰り路、この家の少年《こども》を餓鬼大将として荒《あば》れ回ったところである。さらに維新前はお面《めん》お籠手《こて》の真《まこと》の道場であった。
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