ほっと嘆息《ためいき》をした、さもさもがっかり[#「がっかり」に傍点]したらしく。
 実にそうである、豊吉の精根は枯れていたのである。かれは今、堪《た》ゆべからざる疲労を感じた。私塾の設立! かれはこの言葉のうち、何らの弾力あるものを感じなくなった。
 山河月色《さんかげっしょく》、昔のままである。昔の知人の幾人《いくたり》かはこの墓地に眠っている。豊吉はこの時つくづくわが生涯の流れももはや限りなき大海《だいかい》近く流れ来たのを感じた。われとわが亡友《なきとも》との間、半透明の膜一重《まくひとえ》なるを感じた。
 そうでない、ただかれは疲れはてた。一杯の水を求めるほどの気もなくなった。
 豊吉は静かに立ち上がって河の岸に下りた。そして水の潯《ほとり》をとぼとぼとたどって河下《かわしも》の方へと歩いた。
 月はさえにさえている。城山《じょうざん》は真っ黒な影を河に映している。澱《よど》んで流るる辺《あた》りは鏡のごとく、瀬をなして流るるところは月光砕けてぎらぎら輝《ひか》っている。豊吉は夢心地になってしきりに流れを下った。
 河舟《かわぶね》の小さなのが岸に繋《つな》いであった。豊吉は
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