かんなん》が皮のむけたように自分を離れた心地がした。
『お前のおとっさんの名はなんていうかね』と豊吉は親しげに少年《こども》に近づいた。
少年《こども》は目を丸くして豊吉を見た。豊吉はなおも親しげに、
『貫一《かんいち》というだろう?』
少年《こども》は驚いて豊吉の顔をじっと見つめた。豊吉は少し笑いを含んで、
『貫一さんは丈夫《たっしゃ》かね。』
『達者《たっしゃ》だ。』
『それで安心しました、ああそれで安心しました。お前は豊吉という叔父さんのことをおとっさんから聞いたことがあろう。』
少年《こども》はびっくりして立ちあがった。
『お前の名は?』
『源造《げんぞう》。』
『源造、おれはお前の叔父さんだ、豊吉だ。』
少年《こども》は顔色を変えて竿《さお》を投げ捨てた。そして何も言わず、士族屋敷の方へといっさんに駆けていった。
ほかの少年《こども》らも驚いて、豊吉を怪しそうに見て、急に糸を巻くやら籠《かご》を上げるやら、こそこそと逃げていってしまった。
豊吉はあきれ返って、ぼんやり立って、少年《こども》らの駆けて行く後ろ影を見送った。
『上田の豊さんが帰ったそうだ』と彼を記憶
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