』となおも少年《こども》の横顔を見ていたが、画《え》だ、まるで画であった! この二人《ふたり》のさまは。
 川柳は日の光にその長い青葉をきらめかして、風のそよぐごとに黒い影と入り乱れている。その冷ややかな陰の水際《みぎわ》に一人の丸く肥《ふと》ッた少年《こども》が釣りを垂《た》れて深い清い淵《ふち》の水面を余念なく見ている、その少年《こども》を少し隔《はな》れて柳の株に腰かけて、一人の旅人、零落と疲労をその衣服《きもの》と容貌《かお》に示し、夢みるごときまなざしをして少年《こども》をながめている。小川の水上《みなかみ》の柳の上を遠く城山《じょうざん》の石垣《いしがき》のくずれたのが見える。秋の初めで、空気は十分に澄んでいる、日の光は十分に鮮やかである。画だ! 意味の深い画である。
 豊吉の目は涙にあふれて来た。瞬《またた》きをしてのみ込んだ時、かれは思わはずその涙をはふり落とした。そして何ともいえない懐《ゆか》しさを感じて、『ここだ、おれの生まれたのはここだ、おれの死ぬのもここだ、ああうれしいうれしい、安心した』という心持ちが心の底からわいて来て、何となく、今までの長い間の辛苦|艱難《
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