これに飛び乗るや、纜《ともづな》を解いて、棹《みざお》を立てた。昔の河遊びの手練《しゅれん》がまだのこっていて、船はするすると河心《かしん》に出た。
 遠く河すそをながむれば、月の色の隈《くま》なきにつれて、河霧夢のごとく淡く水面に浮かんでいる。豊吉はこれを望んで棹《みざお》を振るった。船いよいよ下れば河霧次第に遠ざかって行く。流れの末は間もなく海である。
 豊吉はついに再び岩――に帰って来なかった。もっとも悲しんだものはお花と源造であった。
[#地から2字上げ](明治三十一年八月作)



底本:「武蔵野」岩波文庫、岩波書店
   1939(昭和14)年2月15日第1刷発行
   1972(昭和47)年8月16日第37刷改版発行
   2002(平成14)年4月5日第77刷発行
底本の親本:「武蔵野」民友社
   1901(明治34)年3月
初出:「国民之友」
   1898(明治31)年8月
入力:土屋隆
校正:蒋龍
2009年3月28日作成
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