尻《しり》の下に敷《しか》れて了《しま》うのか、と自分の運命を詛《のろ》ったのです。詛うと言えば凄《すご》く聞えますが、実は僕にはそんな凄《すご》い了見《りょうけん》も亦《ま》た気力もありません。運命が僕を詛うて居《い》るのです――貴様《あなた》は運命ということを信じますか? え、運命ということ。如何《どう》です、も一《ひとつ》」と彼は罎《びん》を上げたので
「イヤ僕は最早《もう》戴《いただき》ますまい。」と杯《さかずき》を彼に返し「僕は運命論者ではありません。」
 彼は手酌《てしゃく》で飲み、酒気を吐いて、
「それでは偶然論者ですか。」
「原因結果の理法を信ずるばかりです。」
「けれども其《その》原因は人間の力より発し、そして其結果が人間の頭上に落ち来るばかりでなく、人間の力以上に原因したる結果を人間が受ける場合が沢山ある。その時、貴様は運命という人間の力以上の者を感じませんか。」
「感じます、けれども其《それ》は自然の力です。そして自然界は原因結果の理法以外には働かないものと僕は信じて居ますから、運命という如《ごと》き神秘らしい名目を其《その》力に加えることは出来ません。」
「そう
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