けれども僕は帰って来ました。一《ひとつ》は何とかして確《たしか》な証拠を得たいため、一は里子に引寄せられたのです。里子は兎《と》も角《かく》も妹ですから、僕の結婚の不倫であることは言うまでもないが、僕は妹として里子を考えることは如何《どう》しても出来ないのです。
 人の心ほど不思議なものはありません。不倫という言葉は愛という事実には勝てないのです。僕と里子の愛が却《かえ》って僕を苦しめると先程言ったのは此《この》事です。
 僕は里子を擁《よう》して泣きました。幾度も泣きました。僕も亦《ま》た母と同じく物狂《ものぐるお》しくなりました、憐《あわ》れなるは里子です。総《すべ》ての事が里子には怪しき謎《なぞ》で、彼はたゞ惑《まど》いに惑うばかり、遂《つい》には母と同じく怨霊《おんりょう》を信ずるようになり、今も横浜の宅で母と共に不動明王に祈念を凝《こら》して居るのです。里子は怨霊の本体を知らず、たゞ母も僕も此怨霊に苦しめられて居るものと信じ、祈念の誠を以《もっ》て母と所天《おっと》[#「所天」は底本では「所夫」]を救《すくお》うとして居るのです。
 僕は成るべく母を見ないようにして居ま
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