僕を見た時の顔色! 僕は母が気絶したのかと喫驚《びっくり》して傍《そば》に駈寄《かけよ》りました。
『如何《どう》しました、如何しました』と叫《さ》けんだ僕の声を聞いて母は僅《わずか》に座り直し、
『お前だったか、私は、私は……』と胸を撫《さ》すって居ましたが、其《その》間《あいだ》も不思議そうに僕の顔を見て居たのです。僕は驚ろいて、
『母上《おっかさん》如何《どう》なさいました。』と聞くと、
『お前が出抜《だしぬけ》に入って来たので、私は誰《だれ》かと思った。おゝ喫驚《びっくり》した。』と直《す》ぐ床を敷《しか》して休んで了《しま》いました。
此《この》事《こと》の有った後は母の神経に益々《ますます》異常を起し、不動明王を拝むばかりでなく、僕などは名も知らぬ神符《おふだ》を幾枚となく何処《どこ》からか貰《もら》って来て、自分の居間の所々《しょしょ》に貼《はり》つけたものです。そして更に妙なのは、これまで自分だけで勝手に信じて居たのが、僕を見て驚ろいた後は、僕に向っても不動を信じろというので、僕が何故《なぜ》信じなければならぬかと聞くと、
『たゞ黙って信じてお呉《く》れ。それでないと
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