起さず、何処《どこ》までも私達を父母と思って老先《おいさき》を見届けて呉れ。秀輔《ひですけ》は実子じゃがお前のことは決して知らさんから、お前も真実の兄となって生涯|彼《あ》れの力ともなって呉れ。』と、老《おい》の眼《め》に涙を見るより先に僕は最早《もう》泣いて居たのです。
 其処《そこ》で養父と僕とは此等《これら》の秘密を飽《あ》くまで人に洩《もら》さぬ約束をし、又《ま》た僕が此《この》先何かの用事で山口にゆくとも、たゞ他所《よそ》ながら父母の墓に詣《もう》で、決して公けにはせぬということを僕は養父に約しました。
 其《その》後《ご》の月日は以前よりも却《かえ》って穏《おだや》かに過《すぎ》たのです。養父も秘密を明けて却《かえ》って安心した様子、僕も養父母の高恩を思うにつけて、心を傾けて敬愛するようになり、勉学をも励むようになりました。
 そして一日も早く独立の生活を営み得るようになり、自分は大塚の家から別れ、義弟の秀輔に家督《かとく》を譲りたいものと深く心に決する処《ところ》があったのです。
 三年の月日は忽《たちま》ち逝《ゆ》き、僕は首尾よく学校を卒業しましたが、猶《な》お養父の言
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