三年、人間が其天真に帰るべき門、墳墓に近《ちかづ》くこと三年、此《この》三年の月日は彼をして自然に返らしたのです。けれども彼は未《ま》だ其自然を自認することが出来ず、何処《どこ》までも自分を以前の父の如《ごと》く、僕を以前の子の如く見ようとして居るのです。
其処《そこ》で僕は最早《もはや》進んで僕の希望《のぞみ》を述《のべ》るどころではありません。たゞこれ命《めい》これ従《した》がうだけのことを手短かに答えて父の部屋を出てしまいました。
父ばかりでなく母の様子も一変して居たのです。日の経《た》つに従ごうて僕は僕の身の上に一大秘密のあることを益々《ますます》信ずるようになり、父母の挙動に気をつければつけるほど疑惑の増すばかりなのです。
一度は僕も自分の癖見《ひがみ》だろうかと思いましたが、合憎《あいにく》と想起《おもいおこ》すは十二の時、庭で父から問いつめられた事で、彼《あれ》を想《おも》い、これを思えば、最早《もはや》自分の身の秘密を疑がうことは出来ないのです。
懊悩《おうのう》の中《うち》に神田の法律学校に通って三月も経《たち》ましたろうか。僕は今日こそ父に向い、断然|此方《
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