紙で詳しく言ってやろうかとも思ったが、廻《まわ》りくどいから喚《よ》んだのだ。お前も卒業までと思ったろうし、又大学までとも志《こころざ》して居《い》たろうけれど、人は一日も早く独立の生活を営む方が可《え》えことはお前も知って居るだろう。それでお前これから直《す》ぐ私立の法律学校に入るのじゃ。三年で卒業する。弁護士の試験を受ける。そした暁《あかつき》は私と懇意な弁護士の事務所に世話してやるから、其処《そこ》で四五年も実地の勉強をするのじゃ。其《その》内《うち》に独立して事務所を開けば、それこそ立派なもの、お前も三十にならん内、堂々たる紳士となることが出来る。如何《どう》じゃな、其方が近道じゃぞ。』という父の言葉を聴《き》いて居る、僕の心の全く顛動《てんどう》したのも無理はないでしょう。
 これ実に他人の言葉です。他人の親切です。居候《いそうろう》の書生に主人の先生が示す恩愛です。
 大塚剛蔵は何時《いつ》しか其自然に返って居たのです。知らず/\其自然を暴露《しめ》すに至ったのです。僕を外《そと》に置くこと三年、其《その》実子なる秀輔《ひですけ》のみを傍《かたわら》に愛撫《あいぶ》すること
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