若《も》し此《この》運命から僕を救い得る人があるなら、僕は謹《つつ》しんで教《おしえ》を奉じます。其《その》人は僕の救主《すくいぬし》です。」
七
自分は一言を交えないで以上の物語を聞いた。聞き終って暫《しばら》くは一言も発し得なかった。成程悲惨なる境遇に陥った人であるとツク/″\気の毒に思ったのである。けれども止《や》むなくんばと、
「断然離婚なさったら如何《どう》です。」
「それは新らしき事実を作るばかりです。既に在る事実は其|為《た》めに消えません。」
「けれども其《それ》は止《やむ》を得ないでしょう。」
「だから運命です。離婚した処《ところ》で生《うみ》の母が父の仇《あだ》である事実は消《きえ》ません。離婚した処《ところ》で妹を妻として愛する僕の愛は変りません。人の力を以《もっ》て過去の事実を消すことの出来ない限り、人は到底運命の力より脱《のが》るゝことは出来ないでしょう。」
自分は握手して、黙礼して、此《この》不幸なる青年紳士と別れた、日は既に落ちて余光華かに夕《ゆうべ》の雲を染め、顧れば我運命論者は淋《さび》しき砂山の頂に立って沖を遙《はるか》に眺《ながめ》て居た。
其《その》後自分は此男に遇《あわ》ないのである。
底本:「日本の文学6 武蔵野・春の鳥」ほるぷ出版
1985(昭和60)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「運命」左久良書房
1906(明治39)年3月18日発行
「國木田獨歩全集 第三卷」学習研究社
1964(昭和39)年10月30日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※疑問点の確認にあたっては、「國木田獨歩全集 第三卷」1964(昭和39)年10月30日発行を参照しました。
入力:Mt.fuji
校正:福地博文
1999年5月13日公開
2004年6月28日修正
青空文庫作成ファイル:
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