私が心細い。』
『母上《おっかさん》の気が安まるのなら信仰も仕ましょうが、それなら私よりもお里の方が可《い》いでしょう。』
『お里では不可《いけま》せん。彼《あれ》には関係のないことだから。』
『それでは私には関係があるのですか。』
『まアそんなことを言わないで信仰してお呉れ、後生だから。』という母の言葉を里子も傍《そば》で聞て居ましたが、呆《あき》れて、
『妙ねえ母上《おっかさん》、不動様が如何《どう》して母上《おっかさん》と信造さんとには関係があって私には無いのでしょう。』
『だから私が頼むのじゃアありませんか、理由《わけ》が言われる位なら頼《たのみ》はしません。』
『だって無理だわ、信造さんに不動様を信仰しろなんて、今時の人にそんなことを勧《すすめ》たって……』
『そんなら頼みません!』と母は怒って了《しま》ったので、僕は言葉を柔げ、
『イヤ私だって不動様を信じないとは限りません。だから母上《おっかさん》まア其《その》理由《いわれ》を話て下さいな。如何《どん》なことか知りませんが、親子の間だから少《すこし》も明《あか》されないようなことは無いでしょう。』と求めました。これは母の言う処《ところ》に由《よっ》て迷信を圧《おさ》え神経を静める方法もあろうかと思ったからです。すると母は暫《しばら》く考えて居《い》ましたが、吐息《といき》をして声を潜《ひそ》め、
『これ限《ぎ》りの話だよ、誰《たれ》にも知《しら》してはなりませんよ。私が未《ま》だ若い時分、お里の父上《おとうさま》に縁《えんづ》かない前に或《ある》男に言い寄られて執着《しゅうねく》追い廻《まわ》されたのだよ。けれども私は如何《どう》しても其男の心に従わなかったの。そうすると其男が病気になって死ぬ間際に大変私を怨《うら》んで色々なことを言ったそうです。それで私も可《い》い心持《こころもち》は仕《し》なかったが、此処《ここ》へ縁づいてからは別に気にもせんで暮して居ました。ところが所天《つれあい》[#「所天」は底本では「所夫」]が死《な》くなってからというものは、其《その》男の怨霊《おんりょう》が如何《どう》かすると現われて、可怖《こわ》い顔をして私を睨《にら》み、今にも私を取殺《とりころ》そうとするのです。それで私が不動様を一心に念ずると其怨霊がだん/\消《きえ》て無《なく》なります。それにね、』と、母は一増
前へ
次へ
全24ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング