く不自然な境に置《おか》れて、我知らずの孤独な生活を送った故《ゆえ》かも知れないのです。
 成程父は僕のことを苦にしました。けれども其《その》心配はたゞ普通の親が其子の上を憂《うれう》るのとは異《ちが》って居たのです、それで父が『折角男に生れたのなら男らしくなれ、女のような男は育て甲斐《がい》がない』と愚痴めいた小言を言う、其言葉の中にも僕の怪しい運命の穂先が見えて居たのですが、少年《こども》の僕には未《ま》だ気が着きませんでした。
 言うことを忘れて居ましたが、其頃は父が岡山地方裁判所長の役で、大塚の一家《いっけ》は岡山の市中に住んで居《い》たので、一家が東京に移ったのは未だ余程後のことです。
 或日《あるひ》のことでした、僕が平時《いつも》のように庭へ出て松の根に腰をかけ茫然《ぼんやり》して居ると、何時《いつ》の間にか父が傍《そば》に来て、
『お前は何を考がえて居るのだ。持《もっ》て生れた気象なら致方《しかた》もないが、乃父《おれ》はお前のような気象は大嫌《だいきらい》だ、最少《もすこ》し確固《しっかり》しろ。』と真面目《まじめ》の顔で言いますから、僕は顔も上げ得ないで黙って居ました。すると父は僕の傍に腰を下して、
『オイ信造』と言って急に声を潜《ひそ》め『お前は誰《だれ》かに何か聞《きき》は為《し》なかったか。』
 僕には何のことか全然《すっかり》解《わか》らないから、驚いて父の顔を仰ぎましたが、不思議にも我知らず涙含《なみだぐ》みました。それを見て父の顔色は俄《にわか》に変り、益々《ますます》声を潜《ひそ》めて、
『慝《かく》すには及ばんぞ、聞《きい》たら聞いたと言うが可《え》え。そんなら乃父《おれ》には考案《かんがえ》があるから。サア慝くさずに言うが可え。何か聞いたろう?』
 此《この》時《とき》の父の様子は余程|狼狽《ろうばい》して居るようでした。それで声さえ平時《いつも》と変り、僕は可怕《こわ》くなりましたから、しく/\泣き出すと、父は益々《ますます》狼狽《うろた》え、
『サア言え! 聞いたら聞《きい》たと言え! 慝《かく》すかお前は』と僕の顔を睨《にら》みつけましたから、僕も益々|可怕《こわく》なり、
『御免なさい、御免なさい』とたゞ謝罪《あやま》りました。
『謝罪れと言うんじゃない。若《も》し何かお前が妙なことを聞《きい》て、それで茫然《ぼんやり》
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