は激昂《げっこう》して突っ立った。
「一筆《ひとふで》示し上げ参らせ候《そろ》大同口《だいどうこう》よりのお手紙ただいま到着仕り候|母様《ははさん》大へん御《おん》よろこび涙を流してくり返しくり返しご覧相成り候」
 何だつまらない! と一人の水兵が笑いだした。水野はかまわず、ズンズン読む、その声は震えていた。
「ついてはご自身で返事書きたき由仰せられ候まま御枕《おんまくら》もとへ筆墨《ふですみ》の用意いたし候ところ永々《ながなが》のご病気ゆえ気のみはあせりたまえどもお手が利《き》き候わず情けなき事よと御《おん》嘆きありせめては代筆せよと仰せられ候間お言葉どおりを一々に書き取り申し候
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 必ず必ず未練のことあるべからず候
 母が身ももはやながくはあるまじく今日《きょう》明日《あす》を定め難き命に候えば今申すことをば今生《こんじょう》の遺言《いごん》とも心得て深く心にきざみ置かれたく候そなたが父は順逆の道を誤りたまいて前原が一味に加わり候ものから今だにわれらさえ肩身の狭き心地《ここち》いたし候この度《たび》こそそなたは父にも兄にもかわりて大君《おおぎみ》の御為《おんた
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