は伊豆の火の方にのみ馳《は》せて、この声を聞くものなかりき。帰らずや、帰らずやと二声三声、引続きて聞こえけるに、一人の幼なき児《こ》、聞きつけて、母呼びたまえり、もはやうち捨て帰らんといい、たちまちかなたに走りゆけば、残りの童らまた、さなり、さなりと叫びつ、競うて砂山に駈けのぼりぬ。
 火の燃えつかざるを口惜《くやし》く思い、かの年かさなる童のみは、後《あと》振りかえりつつ馳せゆきけるが、砂山の頂《いただき》に立ちて、まさにかなたに走り下らんとする時、今ひとたび振向きぬ。ちらと眼《まなこ》を射《い》たるは火なり。こはいかに、われらの火燃えつきぬと叫べば、童ら驚ろき怪しみ、たち返えりて砂山の頂に集まり、一列に並びてこなたを見下ろしぬ。
 げに今まで燃えつかざりし拾木《ひろいぎ》の、たちまち風に誘われて火を起こし、濃き煙うずまき上《のぼ》り、紅《くれない》の炎の舌見えつ隠れつす。竹の節の裂《わ》るる音聞こえ火の子舞い立ちぬ。火はまさしく燃えつきたり。されど童らはもはやこの火に還《かえ》ることをせず、ただ喜ばしげに手を拍ち、高く歓声を放ちて、いっせいに砂山の麓《ふもと》なる家路のほうへ馳《は
前へ 次へ
全10ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング