がた》を鳴きつれて飛ぶ千鳥の声のみ聞こえてかなたこなた、ものさびしく、その姿見えずとみれば、夕闇に白きものはそれなり。あわただしく飛びゆくは鴫《しぎ》、かの葦間《あしま》よりや立ちけん。
 この時、一人の童たちまち叫びていいけるは、見よや、見よや、伊豆の山の火はや見えそめたり、いかなればわれらが火は燃えざるぞと。童らは斉《ひと》しく立ちあがりて沖の方《かた》をうちまもりぬ。げに相模湾《さがみわん》を隔《へだ》てて、一点二点の火、鬼火《おにび》かと怪しまるるばかり、明滅し、動揺せり。これまさしく伊豆の山人《やまびと》、野火を放ちしなり。冬の旅人の日暮れて途《みち》遠きを思う時、遥《はる》かに望みて泣くはげにこの火なり。
 伊豆の山燃ゆ、伊豆の山燃ゆと、童ら節《ふし》おもしろく唄い、沖の方のみ見やりて手を拍《う》ち、躍《おど》り狂えり。あわれこの罪なき声、かわたれ時の淋びしき浜に響きわたりぬ。私語《ささや》くごとき波音、入江の南の端より白き線《すじ》立《た》て、走りきたり、これに和《わ》したり。潮は満ちそめぬ。
 この寒き日暮にいつまでか浜に遊ぶぞと呼ぶ声、砂山のかなたより聞こえぬ。童の心
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