落葉を浮かべて、ゆるやかに流るるこの沼川《ぬまかわ》を、漕《こ》ぎ上《のぼ》る舟、知らずいずれの時か心地《ここち》よき追分《おいわけ》の節《ふし》おもしろくこの舟より響きわたりて霜夜の前ぶれをか為《な》しつる。あらず、あらず、ただ見るいつもいつも、物いわぬ、笑わざる、歌わざる漢子《おのこ》の、農夫とも漁人とも見分けがたきが淋しげに櫓《ろ》あやつるのみ。
 鍬《くわ》かたげし農夫の影の、橋とともに朧《おぼ》ろにこれに映《う》つる、かの舟、音もなくこれを掻《か》き乱しゆく、見る間に、舟は葦がくれ去るなり。
 日影なおあぶずり[#「あぶずり」に傍点]の端《は》に躊《た》ゆたうころ、川口の浅瀬を村の若者二人、はだか馬に跨《またが》りて静かに歩《あゆ》ます、画めきたるを見ることもあり。かかる時浜には見わたすかぎり、人らしきものの影なく、ひき上げし舟の舳《へさき》に止まれる烏《からす》の、声をも立てで翼打《はうち》ものうげに鎌倉のほうさして飛びゆく。
 ある年の十二月末つ方、年は迫《せま》れども童《わらべ》はいつも気楽なる風の子、十三歳を頭《かしら》に、九ツまでくらいが七八人、砂山の麓《ふもと》に
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