、丁寧に一言《ひとこと》「行きませんか」と言ったのです。
私はいやと言うことができないどころでなく、うれしいような気がして、すぐ同意しました。
雪がちらつく晩でした。
木村の教会は麹町区《こうじまちく》ですから、一里の道のりは確かにあります。二人は木村の、色のさめた赤毛布《あかけっと》を頭からかぶって、肩と肩を寄り合って出かけました。おりおり立ち止まっては毛布《けっと》から雪を払いながら歩みます、私はその以前にもキリスト教の会堂に入ったことがあるかも知れませんが、この夜の事ほどよく心に残っていることはなく、したがってかの晩初めて会堂に行った気が今でもするのであります。
道々二人はいろいろな話をしたでしょうがよく覚えていません。ただこれだけ頭に残っています。木村はいつもになくまじめな、人をおしつけるような声で、
「君はベツレへムで生まれた人類が救い主エス、クリストを信じないか。」
別に変わった文句ではありませんが、『ベツレへム』という言葉に一種の力がこもっていて、私の心にかつてないものを感じさせました。
会堂に着くと、入口の所へ毛布《けっと》を丸めて投げ出して、木村の後ろにつ
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