し。折しも河岸の方より走せ来る人力車々上の人がヤヤという声とともに、車夫も心得てや、梶《かじ》棒を放すが如く下に置きて予が方へ駆け寄りしが、橋に勾配あるゆえ車は跡へガタガタと下るに車夫は驚き、また跡にもどりて梶棒を押えんとするを車上の人は手にて押し止め、飛び下りる如くに車を下りたれば、車夫は予が後へ来りてシッカと抱き止めたり。驚きながらもさてはまた投身の者と間違えられしならんと思えば「御深切|忝《かたじ》けなし。されど我輩は自死など企つる者にあらず、放したまえ」というに、「慈悲でも情でも放す事は出来ない、マアサこちらへ」と力にまかせて引かるるに、「迷惑かぎり身投げではない」と※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]けば、「さようでもあろうがそれが心得違いだ」と争うところへ、車上の人も来られ、「万吉よく止めた、まだ若いにそう世を見かぎるものではない」と、問答の中へ巡査が来られしゆえ我より「しかじかにて間違えられし」と告げれば、この巡査顔を知りたれば打笑いて、「貴公あまりこの橋の上に永くぶらつかれるからだ。この人は投身を企つる者ではござらぬ」巡査の証言にかの人も車夫も手持不沙汰なれば
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