る。二人とも文部省の留學生として、學資に餘裕がないから、堂々たる旅行は勿論出來ぬ。そこで馬車一臺と馬一匹とを雇ひ、代る代る之に乘り代へることにした。馬車といふ條、實は棚車《ポンチヨウ》とて、アンペラで屋根を拵へた、粗末至極の荷馬車である。或日私が乘馬で早く指定の土地に到着して、後から荷物と一所に、馬車で來る筈の友人を待ち受けたが中々出て來ぬ。一時間經ても一時間半經ても、中々影が見えぬ。夕暮になるし、手荷物は屆かず、物慣れたボーイは友人と一所で、私唯一人蕭然と、半ば泣きたい氣持で、町の入口に見張りをして居つた。日が全く沒して暗くなつた時分に、漸く馬車が到着した。早速友人に遲刻を責めつつ事情を聞くと、その友人がうとうと車中で居睡をして居る間に、馬車が泥濘の裡に顛覆して、否やといふ程、頭を打ち付けた。喫驚《びつくり》したが、車内のこととて身動きが出來ぬ。ボーイや馭者に助けられて、やつと外へ出たが、顛覆した馬車は中々引き起こすことが出來ぬ。已を得ず友人も洋服姿の儘で泥中に這入り、馭者やボーイに力を協せて馬車を引き起こした。生れて初めての力仕事をし、洋服まで泥塗れにして、その上に不足を言はれては
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