、明に於ける北虜・南倭の事蹟も、茲に絮説を要せぬ。元・清二代は、天下を擧げて異族の臣妾となつた時代、固より批評すべき限りでない。過去二千年の積弱累辱此の如しとすれば、この間に在つて、南は越人を服し、北は匈奴を攘つて、盛に殖民政策を實行した始皇は、確に中國民族の一大恩人といふべきである。殊に種族革命の成功した中華民國の今日、始皇こそ百代に尸祝さるべき偉人であるまいか。
十
私は已に始皇帝の内外の事業を敍述したから、茲に彼の人物に就いて一言いたさう。始皇は細心にして放膽なる政治家であつた。更に又よく己を虚くして人に聽き、衆に謀つて善く斷ずる政治家であつた。『史記』に始皇帝の政治振りを載せて、天下の事大小となく、皆自身で裁決して、臣下に委任せぬ。その日所定の裁決を終らぬと、夜中になつても休息せぬと記してある。或は之を以て彼が權勢を貪る故と、非難するのは間違ひである。主權を人に假さぬのは法家の極意で、刑名學を好んだ蜀漢の諸葛亮が、細事を親裁したと同樣、寧ろ始皇の勤勉細心なる證據とすべきである。
始皇は細心であると同時に大膽であつた。六國を滅ぼした彼が、如何にその遺族舊
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