フ孫光憲の『北夢瑣言』卷五)。尤も甚しいのは、北宋の初期に出た、王彦昇である。『宋史』卷二百五十に次の如き記事を發見する。
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西人(西戎)有[#下]犯[#二]漢法[#一]者[#上]。{王}彦昇不[#レ]加[#レ]刑。召[#二]僚屬[#一]飮宴。引[#レ]所[#レ]犯。以[#レ]手※[#「てへん+卒」、196−3][#二]斷其耳[#一]。大嚼巵酒下[#レ]之。其人流血被[#レ]體。股栗不[#二]敢動[#一]。前後啗者數百人。西人畏[#レ]之。不[#二]敢犯[#一][#レ]塞。
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 支那人が臺灣を占領した時代には、近く日清戰役の頃まで、臺灣在住の支那人間に、島中の蕃人の肉を食用する風習が行はれ、蕃人の肉が豚肉同樣に市場に公賣されたことも稀有でなかつたと、千八百九十六年一月發行の『Hongkong Daily Press』に見えて居る(Ball; Things Chinese. pp. 128−129)。

         十一

 (五)[#「(五)」は縦中横]醫療の目的で人肉を食用する場合。
 唐時代から現時に至るまで約千二百年に亙つて、隨
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