Aやがて殺害せられ、その肉は村童仲間へ食料として分配されたと、信用すべき當時の英字新聞は傳へて居る(Ball; Things Chinese. p. 128)。支那の淫書に『覺後禪』がある。その卷三に艶芳といふ婦人が、情人未央生の變心を疑ひ、之を責めた書翰中に、
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從[#レ]此絶[#レ]交。以後不[#レ]得[#二]再見[#一]。若|還《マタ》再見。我必咬[#二]|※[#「にんべん+爾」、第3水準1−14−45]的《ナンヂノ》肉[#一]。當[#二]做猪肉狗肉[#一]吃也。
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と述べて居る。婦人の文句としては、隨分興覺めたものだが、之も支那人間に、怨家の肉を喫食する風習の存在することと關聯して、始めて了解し得る文句である。
 やや事情を異にするが、宋の魯應龍の『閑窓括異志』(『稗海』本)に載せてある左の記事も、亦支那人の Cannibalism を研究するに當つて、一應參考に資すべき材料と思ふ。
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江南平。建州有[#二]大將余洪敬[#一]。妻鄭氏有[#二]絶色[#一]。爲[#二]亂兵所[#一][#レ]獲。獻[#二]於裨將王
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