B)。五代の後晉の末年に、契丹の手先となつて大梁に跋扈した張彦澤が後に死に處せられた時、市民は爭うて其腦を破ぶり其髓を取り、其肉を臠して之を食した(『五代史記』卷五十二、張彦澤傳)。張彦澤と略時代を同くして※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]の王延政がある。※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]主王審知の子で、※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]の最後の主君である。彼は建州を根據として居つたが、部下に在つた、福州兵の謀叛の噂を聞き、兵を伏せて福州兵八千人を殺し、その肉を脯として食料に供した(明の黄仲昭の『八※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]通志』卷二十七參看)。當時王延政は格別食糧に窮して居らぬから、この擧は全く憎惡から出たものと解釋せなければならぬ。
元の世祖時代に政權を握つた色目人に阿合馬がある。彼は諸方面の反感を買つたが、後にその罪惡が暴露して誅戮された時、かねて彼の專横を惡める人々は爭うてその肉を食した。同時代の鄭所南の『心史』に、
[#ここから2字下げ]
軍民盡分[#二]臠阿合馬之肉[#一]而食。貧人亦莫[#レ]不[#二]典[#レ]衣歌飮相慶[#一]
前へ
次へ
全107ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
桑原 隲蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング