B燕市酒三日倶空。
[#ここで字下げ終わり]
と記して居る。又明の武宗時代の宦者に劉瑾がある。所謂八虎の隨一で、隨分專横に振舞つた。後に罪を發かれて市に磔せられた時、諸人の彼を怨めるもの、一錢を以てその一臠を買ひ、之を生食したといふ(『皇明通紀』卷十)。
 要するに支那人の間に、罪人の肉を※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]ふことは、一種の私刑として公認の姿となつて居る。怨まれたる、若くば惡まれたる罪人は、所定の公罰を受くるのみでなく、同時に民衆又は仇家に噬食されるといふ私刑を受けねばならぬ。此の如くにして Solayman のいふ所(※[#ローマ数字I、1−13−21])の、不忠者は斬罪に處せらるる上に、その肉は食ひ盡されることも、又 〔Abu^ Zayd〕 の傳へる所(※[#ローマ数字III、1−13−23])の姦通、泥棒、殺人等、民衆の怨を買ふべき性質の罪人は、所定の公罰を受けた後ち、更に民衆の爲に食ひ盡されることも、大體に於て事實を得たものである。但 〔Abu^ Zayd〕 の此等の罪人が、一律に死刑に處せられるといふ點は、一考を要すると思ふ。殺人罪を犯す者の死刑に處せら
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