支那人間に於ける食人肉の風習
桑原隲藏
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)羹《あつもの》と
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)百姓|們《ドモ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
[#…]:返り点
(例)文王之長子曰[#二]伯邑考[#一]。
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)略 〔Coede`s〕 氏の
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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緒言
一國の歴史を闡明するには、その一國の記録だけでは不足を免れぬ。是非その國と關係深き他國の記録をも、比較參考する必要がある。支那歴史の研究者としては、支那本國の史料の外に、日本、朝鮮、安南等の記録を參考するは勿論、遠く西域諸國の記録をも利用せなければならぬ。兩漢以來、支那の國威が四表に張ると共に、その國情が次第にキリスト教國や、マホメット教國の間に傳はり、又此等遠西の諸國民も極東に觀光して、その見聞を公にした。此等の見聞録の中には支那の風俗世態等に關して、往々本國の記録に見當らぬ貴重な材料を供給するものも尠くない。極東に關係あるギリシア、ラテンの記録は、略 〔Coede`s〕 氏の 〔Textes d'Auteurs Grecs et Latins relatifs a` L'Extre^me−Orient〕 に備はり、マホメット教徒の記録――その地理に關係ある部分を主としてあるが――は、大體 Ferrand 氏の 〔Relations de Voyages et Textes ge'ographiques Arabes, Persans et Turks relatifs a L'Extre^me−Orient〕 に纏められてある。
ギリシア、ラテンの記録は、しばらく措き、マホメット教徒のそれは中々價値が多い。數あるマホメット教徒の記録の中で、その内容の豐かなる點より觀ても、將た又その年代の古き點より觀ても、所謂『印度支那物語』を第一に推さねばならぬ。この物語は前後の二篇に分かれ、前篇は Solayman の記録で、後篇は 〔Abu^ Zayd〕 のそれである。
Solayman は東洋貿易商で、親しく支那に出掛けてその風俗人情を視察した。彼の記録は彼自身に執筆したものでなく、多分彼の見聞を材料として、他の無名の作者が筆録したものと想はれるが、兔に角ヘヂラ暦二三七年即ち西暦八五一年に出來たことは疑を容れぬ。〔Abu^ Zayd〕 は 〔Si^ra^f〕 の産で、彼自身支那の地を踏まぬけれど、當時 〔Si^ra^f〕 はペルシア灣頭第一の貿易港として、東洋貿易に從事する商賈の出入頻繁であつたから、彼は此等の商賈に就いて傳聞せる所を筆録したもので、ヘヂラ暦三〇三年、即ち西暦九一六年頃の作と認められて居る。要するに『印度支那物語』は、大體に於て西暦九世紀、即ち唐の後半期に於ける、支那人の風俗習慣を知るべき、尤も有益なる尤も面白き材料である。
『印度支那物語』のアラブ語原本は、今日パリの國民文庫に現存して居る。この原本の來歴は、委細は Reinaud の著書(Relation des Voyages etc. Tome I, pp. iii−vi)に載せてあるから、態※[#二の字点、1−2−22]ここに紹介する必要がない。この物語は今日まで尠くとも左の如く三度歐洲語に譯出された。
(一)[#「(一)」は縦中横] 西暦一七一八年に、フランスの Renaudot が初めて之を佛語に飜譯した。その表題を 〔Anciennes Relations de l'Inde et de la Chine de deux Voyageurs Mahometans qui y alle`rent dans le IXie`me[#「ie`me」は上付き小文字] sie'cle〕 といふ。彼は同時にその本文に對して若干の註解を加へた。Renaudot の佛譯は間もなく一七三三年に英譯せられ、その英譯は更に明治四十三年(西暦一九一〇)に我が東京で飜刻された。東京版の英譯は間々誤植がある。吾が輩は Renaudot 佛譯を有せぬ。また一七三三年版の英譯も左右に備付けてない。故に已むをえず東京版の英譯を使用して居る。
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その後本論文のほぼ脱稿する頃に、岩崎家の東洋文庫の好意により Renaudot の佛譯及びその一七三三年版の英譯を借覽することが出來た。併し東京
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