善でなければならぬ。日支の親善を圖るには、先づ日本人がよく支那人を理會せなければならぬ。支那人をよく理會する爲には、表裏二面より彼等を觀察する必要がある。經傳詩文によつて、支那人の長所美點を會得するのも勿論必要であるが、同時にその反對の方面をも、一應心得置くべきことと思ふ。食人肉風習の存在は、支那人に取つては餘り名譽のことではない。されど儼然たる事實は、到底之を掩蔽することを許さぬ。支那人の一面に、かかる風習の存在せしことを承知し置くのも亦、支那人を理會するに無用であるまいと思ふ。支那人間に於ける食人肉風習の存在は、決して新しい問題ではない。既に十數年前から Der Kannibalismus der Chinesen といふ問題は、多少歐洲學者の注意を惹いて居る。ただ彼等は文獻上から、十分にこの風習の存在を證明出來なかつた爲、今日に至るまで、未だこの問題に關する徹底した論文が、發表されて居らぬ樣である。
私も最近二三年間、この問題の調査に手を著け、多少得る所があつた。その調査の結果全體は、遠からず學界に發表いたすこととして、今は不取敢支那人の人肉發賣といふ外國電報に促されて、古來支
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