それを捕虜にして、それから此次の城を討ちに行く時に使用します。何時でも蒙古人は何處かの城を討たうといふときは、先の一番近傍の城で捕虜にした奴を前列の先鋒に置くのです。向ふの奴は困る。自分の所へ敵が來た、そらと云うて一同武器をとつて見るとかねて昵懇の味方の奴が前列に出て來て憫れな風をして居るからどうしても城から十分材木を投たりする勇氣が鈍るです。蒙古兵は先鋒にはつい近傍で捕虜にした若い奴を使つて、前に申す通り※[#「石+駮」、第3水準1−89−16]を置く築山をこしらへるとか敵陣に接近しての土木工事、危險なことは皆捕虜にさす。蒙古人自身は危險少なき後方で先鋒の者は退却しては往けないなどいうて監督ばかりして危險な所へは寄りつかない。捕虜となつて働かされて居る奴は退却すると殺すと云ふので、何方にしても殺されるからまあ些《ちつ》とでも働いて活かして貰はうといふので働く。城の方を守つて居る人は愈※[#二の字点、1−2−22]困る。憎い蒙古人なら殺して見たいけれども、影も形も見えなくつて、一番危險な目前に居る奴は同國人とか隣りの城の親類みたやうな者ばかりでありまするから、非常に張合がない。だから日本でも俘虜が七八萬も來ましたから、些《ちつ》とは蒙古人流を試みるのも宜いかも知れない(笑聲起る)。それからして蒙古人は酷いです。愈※[#二の字点、1−2−22]目的の城を陷れて此處で新たに俘虜が出來ますと前にこき使をした捕虜は皆殺して仕舞ひます。一體蒙古の兵は世界をあの通り征服しましたけれども、蒙古は今でも人口は少いから其時分でも多くはない。其時分戰爭へ出られる人は三十萬餘ですから、それを無暗に戰鬪線へ出して殺しては世界を征伐することが出來ない。だから先鋒へ俘虜を出して使役し、新たに捕虜が出來ると前の捕虜を殺す。それは屈竟な奴を殘して置くと謀叛を起す危險があり、さらばとて十分監督するには人數を要する譯ですから用がなくなれば敵人は皆殺して仕舞ひます。殺して仕舞へば監督の兵を置く必要がないから、それから其新たに取つた俘虜を又土木工事に使つて又更に俘虜が出來ると前に使つた俘虜を殺して仕舞ふ。
 歐洲征伐の時蒙古兵はハンガリーを攻めたことがありますが、其時は秋の頃で四方を見ると五穀がよく實つて居る。それに住民は蒙古兵が來たと云うて山へ逃げたですから、是は困つたと云うて布令を出した。山へ逃げ込んだハンガリー人が村に歸つたものは決して殺しはしないといふ布令を出しましたから、ハンガリー人は本當かと思つて歸つて來ると、貴樣達は寶が地面一杯にあるのに收入《とりいれ》ぬといふは馬鹿なことなり、蒙古人は決して掠奪せぬから刈入れをせよといふから、ハンガリー人は喜んで刈入れをしたが、刈入れて仕舞つた時分に皆を集めて殺して、それから收穫せし穀物を取つたといふことがあります。それから愈※[#二の字点、1−2−22]城が陷りました後には其處の住民の人數を調べるといふ口實の下で、必ず住民一同を郊外へ出す、武器は無論のこと匙一本でも持たさない、殆ど空手で郊外へ列ばす。さうして其後へ蒙古兵が入つて七日なり十日なりの間掠奪する。皆外へ出してあるから一人も抵抗する者はありませぬ。それから一切の掠奪品を分捕品係り長の所へ持つて行くと、分捕局で計算して前に申したやうに按分比例に依て分つ(笑聲起る)。愈※[#二の字点、1−2−22]分捕りが濟みますると住民は城へ歸ることを許しますけれども、歸つた所で殆んど家だけがあるばかりで家財は何にも無くなつて仕舞つて居る。分捕りが濟んだときには住民の歸ることを許しますが、併し此地方の奴は危險であるから一旦歸つても後に謀叛をするだらうといふ心配があると郊外へ出した序に住民を殺して仕舞ふ。それですから花剌子模《ホラヅム》といふ國の舊都であつた所の玉龍傑赤《ウルゲンヂ》では二百四十萬の人を殺したと言ひます。是れはマホメット教徒の記録に見えて居るのでありますが、少しは誇張がありませうけれども餘程殺したには相違ない。又ヘラットといふ所があります。是れはロシアと英國との境界問題で有名な所でありますが、此ヘラットでも百六十萬の住民があつたのを其内十六人だけ殘して外は皆討斬つて仕舞つたといふ。隨分殺します。恰も草を薙倒すが如く斬ります。世界の人を虐殺したことの多きことは蒙古人の右に出るものはありますまい。
 以上は住民の事ですが、戰場で蒙古の兵が敵兵を斬りまして日本なら首を斬る時に首を斬らずに左の耳を切ります。首は五十人も三十人も殺すと持ち運ぶのに困りますから、首は是れだけで人間の身體の三分の一近くの重量があるとかいひますから、持ち運びに困るです。それですから左の耳を切る。自分の手柄の代りに殺して仕舞つた奴の左の耳を斬つて、それを君の前へ持つて行つて何人殺しました、耳の數
前へ 次へ
全10ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
桑原 隲蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング