てば俥に乗せて病人を専門の病院へ診察受けにやれるだろうことを喜びながら、お湯の序《つい》でに家へ廻って良人に此のことを話して安心させ、お粥の用意などして枕辺へ運んでから再び店へ立ち帰った。こうして毎日朝湯の序でにこっそりと隠れるように家へ帰っては病める良人を看ながら五日辛抱すると、十五円近くのお金が出来て目的通り専門の医者へかけることが叶った。
登恵子にとってそれは嬉いことであったが、併しよく考えて見れば何等人間生活に必要欠くべからざる品物の生産でもない此の遊び仕事に対して、一日三円もの報酬を得ることは唯なんとなく尻こすばゆいような気がしてならなかった。一日じゅう手足を動かし、技術を使って働き通しに働いて僅かに七十銭や一円の賃銀しか与えられない労働婦人に比べて、余りにそれは不当な収入である。始めの程彼女は英語をわきまえぬ自分に、洋食の名前が直ぐ覚えられるかしらんというような心配があったが、それは馬鹿気た程つまらぬ杞憂に終った。何んのことは無いカツレツとカレーライスとビフテキ位おぼえて置けば、殆ど他の料理が出ることは無く、作法も行儀もありはしないのであった。織工でも五十以上英語の名称を
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