きであらねばならん、)と。
四月に入って良人の病気は余程よくなった。まる三ヵ月の間に登恵子が払った精神的犠牲は大きなものであったが、でも良人の重病をよくしたことが責めてもの償いである。
彼女は、今度向島請地の笑楽軒というのへ住み込んだ。食卓がたった二個しか据えてない小さな店だのに、それで二人も女給がいるのであった。朋輩の女性は其処で働くのが始めてだという話。登恵子が見ていると、彼女の番に当った客は、
「ボーイさん、カツ一枚とビール一本。」と言って注文した。すると彼女はきまり悪そうな声で。
「カツ一丁……。」とコック場へ向って呼んだ。
それから三十分程たって客が出て行くと主人は不機嫌な顔でつかつかっと店へ出て彼女を叱りつけるのであった。
「お前、何遍言ってきかせてもそんな腕の鈍いことでは駄目だよ。ボーイの腕が鈍い為めに店の収益は些《ちっ》ともあがらねえ。」
笑楽のおやじは半分登恵子にも当てつけるように言った。
「お客がビール一本注文したら三本位持って行って了うのだよ。カツレツなんか注文したら、そんな吝《けち》くさい物を食べずにたまにゃ最と上等の料理おあがりよ、そしてあたしにも驕
前へ
次へ
全21ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
細井 和喜蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング