役に立つの、癪にさわる!」
「仕方がない、諦めて暫くのあいだ別れてくれ。」
「わたしには、モルモットを愛する権利さえも与えられないんだろうか? ああ――癪にさわる、癪にさわる、くやしい、くやしい、くやしい。」
 彼女は歯軋りするようにこう言って、その日の新聞を引き裂いて了った。そしてますます理性を失ったものの如く良人を罵詈し、小さな動物にまでやつあたりし出した。
「いわば、こんなことになるのはあなたに甲斐性が無いからだわ。正しい事をしてやって行けない世の中だったら……。」
「或いはそうかも知れん。」
 彼は疳のたった妻に対して、余り言葉を返さない方針をとった。
「わたし、モルやを殺して了ってやる。何だ! こんな鼠なんか人間が食べて行けないなんて瀬戸際にのぞんで。」
 彼女は瞼の中へ一ぱい涙を湛え乍ら、込みあげてくる口惜しさに手をおののかせて動物の箱をくつがえそうとした。
 しかし、何も知らない二頭のモルモットはそのちっちゃな可愛い足を投げ出して、一摘みの草の葉を枕にごろりと横に臥《ふせ》っていた。そして人間を信頼しきっている小さな動物はルビーのように透徹した紅の美しい眼を半開にして、微
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