った。けれども三度の食事にまで制限を加えている位だから到底そんな金が出来る理由がなかった。そして何時まで辛抱づよく待ってさがして見たとて通勤の仕事などねっからありそうに無い――それほど世は就職難の風が吹きすさんで居った。
 ――仕事が無くて遊んでいる失業者の数と逆比例に、労働時間は長いんだがなあ――彼はあやまった風に動きつつある産業機関と労働組織の矛盾を痛烈にのろった。しかし彼一人の力否十人、十五人、百人、千人の力を以てしても楔の抜けたまま空廻いしつつある巨大なフライ・ホイルを如何ともすることが出来ない。
「仕方がない、当分わかれわかれになって俺も何処かへ住み込みで行こう。」
 彼は決心して妻に言った。
「でも、モルやが困るわねえ……。」
 彼女は、今や全く自分達夫婦の子供のように思っている小さな動物の始末に困った。彼もまた可愛いけものに対する愛着の情になやまされないではいられない。
「生きていて働く権利が無いなんて、何という馬鹿馬鹿しいはなしなんでしょう!」
 妻はこう言ってぼろぼろとくやし涙を落した。
「働く権利は十分あっても機会が与えられない。」
「使う機会の無いような権利が何の
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