中で一番|暴《あば》れたのは田中愿藏だ。
 田中は太平山からの歸りに、六月六日栃木を通りかゝつて、戸田家の陣屋へ壹萬五千兩の借用を申込、金が無ければ武器を出せと談じたが、流石にきかれず。田中は油樽を割りて火を三十數ヶ所に放ち、野州第一の町を灰にした。結城を脅かしては町かどに小麥藁、朝鮮からを積みあげ、家老水野主馬を人質にとつて筑波へ戻つた。六月廿一日には眞鍋を燒いて、「眞なべ丸やけまつかんだの唄」を殘した。一行二百人、同じ紫のつつぽをはおつてゐた。

          二

 田中愿藏は六月二十五日には那珂郡野口村にゐたが、土兵に追はれて寶憧院に入り、また追はれて宍戸に逃げ、八月一日土師村に闖入して放火し、十五日小吹平須を掠め、鯉淵勢に遭《あ》ひて秋葉に逃れた。鯉淵勢は田中の狼藉を防ぐ爲に組織した鯉淵村の自衛團で、無頼漢の多い村だけに極めて強く、流石の田中も何べんとなく敗けた。初めは誰大將といふでもなかつたが、九月の末には湊で勇三軍に冠たりといふ働をしたので、別手組多賀谷外記が頭取を命ぜられた。

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 以書附申進候爰許其後指たる義は無之候得共去朔日府中勢田中愿藏[#「田中愿藏」は割り注]多人數繰出候由鯉淵村より注進有之土師村地内に於て田中勢と右村近郷御領地村々の百姓共と多人數打合双方即死手負人出來田中勢土師村放火家數二十軒及燒失
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 結束すれば百姓も役に立つ。重たい鎧を着かざつたさむらひ共よりは強いことが分つて眞劍にあらがふ氣になつたらしい。

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 太田市中警衛の爲當村百姓共千人許手分入口入口を固め候處人足の者共申合問屋雄介宅を初め十軒餘押込道具疊建物に至る迄悉く打破右十軒の者は野口館小菅館に籠り居候者共天狗を指す[#「天狗を指す」は割り注] 先日中金子押掠の節手引致し候者の由
 去月晦日額田三郷の者共大勢申合竹槍を携へ同村百姓彌兵次宅へ踏込及亂暴居宅及所持の板倉打破役人下知をも不相用 加合村の者共荷擔いたし落合村庄屋周吾宅へも仕掛同樣の仕業に及
 去朔日朝六頃大宮に而早鐘を搗百姓大勢集り大宮彌三郎を打破夫より鷹巣村神宮を打破二手に分れ一手は八田村庄屋を打破東野村庄屋綿引勘兵衛同所神官 ※[#「土へん+(鹵/皿)」、鹽の俗字、192−8]子村大貫新介門井村神職大越伊豫小瀬村庄屋井樋政之亟那珂村長山
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