上總の片貝へ行つた時、あの邊では目籠をかかへて拾つてゐたから、千葉縣あたりは食ふらしい。
 私の祖父は四十年間の日記を殘したが、其中に越後から稼ぎに來た男、名主丑藏方にて初めて蜆汁をふるまはれ、暫くしてあとを盛つてやらうとしたら、澤山です、もう澤山です、どうも固くてと斷るので、見ると殼ごと喰べたのだと書いてある。丑藏は元は名主だつたが、うちへ來ては農男をしてゐた男だから、祖父を笑はせる爲につくりごとをしたとしか思へぬ。
 蜆をからごど食つたのは作話としても、田にし[#「田にし」に傍点]を喰べぬはなしは嘘では無い。越後は不思議の國だ。雪はもう溶けるであらう。



底本:「雪あかり」書物展望社
   1934(昭和9)年6月27日上梓
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2003年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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