とりご》の
空しき骸を歛めたる
柩は穴に落されぬ

風の通へる八千俣に
涙の顏を吹かれけむ
斯の子前髮黒くして
瞳の色の澄めりしが

夢ほの/″\の有明に
母やも見えし小枕の
乾かで終に美はしき
眉は動かずなりしてふ

霜より先きに人散りて
かけたる土は凍りけり
草に隱《いでい》る月を追うて
聲なき死人《ひと》は墓にかくれぬ
  〜〜〜〜〜〜〜


  その夜更けて


水ほの白き湖《みづうみ》の
汀《みぎは》の櫻花|散《ち》りて
嫁《とつ》ぐか君は筑波根の
八重立つ雲の奧深《おくふか》く

蘭麝《らんじや》馨《かを》れる閨《ねや》の戸《と》に
尾呂《をろ》の鏡《かゞみ》を手にすれば
影に溺《おぼ》るゝ山鳥《やまどり》の
頬《ほ》に紅《くれなゐ》の色《いろ》潮《さ》すを

花やかなりし獨寢《ひとりね》の
夢の浮橋《うきはし》中絶《なかた》ちて
丸《まろ》がれ易き黒髮に
瑠璃《るり》の簪《かんざし》かゞやかし

歸《とつ》ぐかあはれ月波根の
群立雲《むらたつくも》の遠方《をちかた》に
山影《やまかげ》落《おつ》る湖の
浪間の月を形見にて

しるしなき戀をもするか夕されば
ひとの手卷きてね
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