五月雨髮


  見しはたゞ

淀の川瀬の水車
淀の川舟のりもせず
峰の白雲ふみわけて
終に吉野の花も見ず

見しは青葉の嵐山
保津の流に筏して
岸つたひ行く舞姫に
しぶきかけたる川をとこ

  知恩院

春酣にして大輪の
牡丹咲いたる欄干や
徃き來の人も紅の
花には泥《なづ》む知恩院

石と化《な》りぬる楠の橋
越えがてにして振袖の
長きは肩に※[#「ころもへん+吉」、175−上−21]《つまど》りて
躊躇《やすら》ふ君よ、こちら向け

  春日

軒の褄なる蝉燈籠《とうろう》の
蝉の羽くらき若葉蔭
まだ角も出ぬ小牡鹿《さをしか》に
驚かされし儷人《よきひと》よ

苔緑なる石の上に
右手なる菓子を投げたまへ
戀はせじものふたゝびは
君が袂もひかざらむ

  夕

眉をひらいて歸れとや
君、己が上を知らずして
夕ぐれ一人荒磯の
暗きに立つを危むか

心やすかれ、引汐に
沈むとすれど立ちかへる
浪は仇なる白濱の
砂《いさご》は終《つい》の墓ならず

  やちまた

芒を亂す原の風
小霧に濕る丘の草
騷しかりし青山の
秋は今はや暮れぬかな

光にうとき夕顏の
花と見えしに孤兒《ひ
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