七十五里の灘《なだ》の上
浪は白く騷げども
玉藻の下《した》に埋れし
船は浮ばずなりぬかな

戰鬪《たゝかひ》は
  終りたり
檣《ますと》も今は
  倒れたり

奔るははやき
  雲の影
響くは大海《あら》の
  浪の音

かくれし岩に
  乘り上げて
裂けし龍骨《きーる》の
  あらはなる

戰鬪《たゝかひ》は
  終りけり
嵐の聲を
  名殘にて

霧のまがひに
  ひらめきし
白帆も旗も
  やぶれては

夕やみ迫る
  海の上に
『のろし』の色の
  力《ちから》なき

見よ空を蹴《け》る
  荒浪に
船は覆《かへ》りて
  渦《うづ》ぞ卷く

渦卷く中に
  漂ふは
最後《をはり》の影か
  泡沫《うたかた》か

朝《あした》巖手《いはて》の山の上に
蕪菁《かぶ》虹《にじ》立つを夢にして
夕《ゆうべ》、鹿島《かしま》の沖合に
根浪《ねなみ》の湧くを見つらんに

花もて飾る墳墓《おくつき》の
小《ち》さきを野べに遺《のこ》さずして
水づく屍は紅の
珊瑚《さんご》の礁《いは》に沈みたり

八洲《やしま》を環《めぐ》る大瀛《おほわだ》の
浪に生れし男《を》の子とて
秋風渡る伊豆
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